京都にまつわる様々な情報

京都にまつわる様々な情報

 

京都のお話 vol.124

JR「梅小路京都西駅」開業

〒600-8835 京都市下京区観喜寺町56-3
アクセス:JR嵯峨野線「梅小路京都西駅」下車

「梅小路公園」に直結!緑豊かな憩いのスポットには見どころ満載

2019年3月16日(土)より、JR山陰本線(嵯峨野線)に「梅小路京都西駅」(以下、「新駅」)が開業しました!
「京都駅」から1駅約3分に位置しており、このエリアは現在2020年のオリンピック開催に向けてホテルや商業施設のオープンラッシュが続く大変にぎやかなスポットです♪
駅名にもなっている「梅小路」を代表するスポットは、平成7年(1995)に開園した、面積13.7ヘクタールの都市公園です。
「芝生広場」や「河原遊び場」、懐かしい市電を利用したショップやカフェもあって地元の方の憩いの場となっています。
毎月第1土曜日には「梅小路公園 手作り市」(9時~16時 ※1月・5月は休み)が開催され、さまざまな作り手さんと交流できます
また、平成28年(2016)に開業した鉄道の総合博物館にも見どころがいっぱい!
新幹線から蒸気機関車までなんと53両の実物が展示されています。
扇形車庫は、現存する日本最古の鉄筋コンクリート造りで国の重要文化財です。
他に、約1/80スケールで展示されている「鉄道ジオラマ」や、JR京都線を走る列車や新幹線などが行き交う様子を眺められる“鉄道ビューポイント”の「スカイテラス」など♪ 子どもはもちろん、大人も楽しめる展示が盛りだくさんです。
今迄は京都駅からのシャトルバスか、徒歩での往復を余儀なくされていましたが、これからは新駅から徒歩7分ほどでたどり着く事ができるようになった“水と共につながる、いのち。”をコンセプトにした京都水族館へも手軽に行けるようになりました!
国の特別天然記念物「オオサンショウウオ」をはじめ、京の川・海に生きるいきものたちやペンギン、クラゲなど、約250種・総数15,000点が12エリアに分けて展示されています。
京都の海をまるごと再現した「京の海」大水槽は、ブルーの照明に照らされた水槽の中で悠々と泳ぐ魚たちがとても幻想的です、 イルカスタジアムでのハンドウイルカによるパフォーマンスも是非お見逃しなく!!

京都のお話 vol.123

緑と朱色のコントラスト

〒602-8386 京都府京都市上京区馬喰町
北野天満宮
電話番号:075-461-0005
アクセス:京福電車「白梅町駅」、市バス「北野天満宮前」下車

鶯橋(うぐいすばし)

学問の神様である「北野天満宮」の境内西側にある紙屋川に沿って天正年間に豊臣秀吉が洛中の防衛と水防のため築いたとされる土塁「御土居(おどい)」の一部が現存しており、例年紅葉と新緑の時期に特別公開されています。
御土居のハイライトといえるのが紙屋川に架かる朱色の「鶯橋」です。
紅葉の時期がとても素晴らしいのですが、新緑の時期の緑と朱の色のコントラストは色鮮やかで美しく、紙屋川の水音も実に耳に爽やかです。
「鶯橋」周辺は紅葉の季節になると、北野川に架かる真っ赤な欄干が周りの真っ赤な紅葉と相まって、強烈なインパクトを与えてくれます。
回廊沿いをゆっくりと歩き、ライトアップされた紅葉を愛でつつ、晩秋に最高の思い出作りを行ってください。

京都のお話 vol.122

木屋町の歴史

木屋町は京都の盛り場で、数多くの飲食店が建ち並びます。
祇園には高級飲食店が多いのに比べ、木屋町にはリーズナブルなお店が多く、若者の姿が目立ちます。

材木問屋の町

木屋町通りが盛り場になったのは古く、江戸時代にはすでに多くの店が建ち並びました。
その理由は通りの名前の由来とも関係しています。
京都の材木問屋が材料を仕入れるには、幾つかルートがありましたが、その中の一つに大堰川(桂川)に集積された材が三条通りの川を利用して運ばれ、そして現在の木屋町通りにある材木問屋に運ばれました。そのため当時の木屋町通りは文字通り、材木問屋の町として栄え、それを目当てとした飲食店が多くなったのです。
三条通りの川を利用する、と言うと不思議に思われる方もいると思いますが、江戸時代には三条通沿いに大きな川が流れ、それを利用して材木を運んでいました。その名残で今でも三条通には材木店が多く、川も流量は少ないですが、今でも流れています。
木屋町を語る上で外せないのが、高瀬川です。江戸時代初期に角倉了以・素庵父子によって、京都の中心部と伏見を結ぶために物流用に開削された運河です。 慶長19年(1614年)開削から大正9年(1920年)までの約300年間京都・伏見間の水運に用いられました。
鴨川の水を導いて、二条に始まり伏見と三栖浜にいたり、淀川の三十国船に連携し、大阪と京を結ぶ経済の大動脈でした。高瀬川の長さは京都伏見間、凡そ10キロメートルです。五条から南は昔の農耕用水路を拡張利用した関係でかなり曲がりくねった流路となり、ほぼ中間点で鴨川を横断(水平交差)している形となりました。
高瀬川は川幅も狭まり水深も浅いが昔は川幅も約8メートルで水深も水量も多く深さも30センチ以上ありました。川岸は炭屋と材木屋とその倉庫が多く、あとは大名屋敷でした。
そしてその間に現在二条の南に唯一残されている舟入と同じ様なものが、四条まで等間隔に九つ設けられて荷物の積み卸しや船の方向転換の場所となっていました。高瀬川には幾つもの橋が架けられましたが、いずれの橋も高瀬舟が通りやすくするために、高いところを渡るようになっていました。
明治28年には二条と五条の間をチンチン電車が通るようにもなりました。

京都のお話 vol.121

狸谷山不動院(たぬきだにさんふどういん)

〒606-8156 京都府京都市左京区一乗寺松原町6
市バス「一乗寺下り松町」より徒歩約10分
拝観時間:9:00~16:00

スポーツ選手に信仰されている(た?)パワースポット

不動明王は悪霊・難病退散や交通安全にも霊験あらたかとされ、タヌキが『他を抜く』というところから多くのスポーツ選手や芸能人からも信仰を集めてます。
享保3(1718)年に建立されたと言われる本殿は御本尊が安置されており、建物の外見が「清水の舞台と瓜二つ」なのです。
なぜ似ているのかというと…清水の舞台と同じ懸崖造り(けんがいづくり)で建てられている為で、御本尊が安置されている洞窟を囲むような形で建てられています。
250段ある石段を登り切ると、京都市内が一望できるほどの大変美しい眺望の本殿へ辿り着ことができます。
この本殿へと行こうと思ったところにたどり着くとすぐ目に飛び込んでくるのは1985年に阪神タイガースが日本一になった伝説のシーズンの記念碑なのですが現在の阪神タイガースは他の場所へ祈願に行ってしまっています…。
かつてはスポーツ選手からの信仰も厚かった様子でしっかりそのご利益も有る様でした。